マーベル・スタジオが製作するMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)は、2008年の『アイアンマン』からスタートして、2019年の『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』まで23作品が公開された。世界興行収入は23作品の全体で220億ドル(2.2兆円)、1作品当たり平均で9.8億ドル(980億円)を稼ぎ出した世界で最も人気ある映画シリーズだ。2019年でフェイズ3に一区切りがついたなか、2020年11月には『ブラック・ウィドウ』が公開され、いよいよMCUの「フェイズ4」がスタートする。現在、世界屈指の映画会社になったマーベル・スタジオであるが、1990年代半ばには、経営危機の淵に立たされ破産申請(チャプター11)も経験している。マーベルの歴史を紐解けば、かつて、スーパーヒーローのコミック本の出版社として、一世を風靡した。そして、マーベルの隆盛と並行するかのように、アメリカではコミック本のバブルが発生した。しかし、バブルという現象は永遠には続かないのは歴史が証明している。案の定、米国内のコミック本バブルも、はじけてしまった。その結果、マーベルは経営危機に直面し、最終的に破産を申請するまでにいたった。だが、そうした危機的状況に、救世主が現れた。マーベルが生み出したスーパーヒーローたち、すなわち知的財産(IP)である。マーベルは、破産申請から脱出するために、自社のキャラクターたちを担保にして、金融機関からの緊急融資を確保した。そして、その資金を使って、自社によるマーベルキャラクターの映画製作という乾坤一擲(けんこんいってき)の大勝負にでたのだ。その大勝負こそが、『アイアンマン』に始まるマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の映画シリーズだ。MCUのスタートからの大成功により、その後、マーベルはディズニーに買収され、今やハリウッド屈指の映画会社として圧倒的なプレゼンス(存在感)を示している。ジェットコースターのような、いや、アイアンマンの飛行軌道のような浮き沈みを経験しながら、世界屈指の映画会社に成長したマーベル。そのマーベルの経営の軌跡と、その背後にある戦略を読み解くのが本書の最大の目的である。目次はじめに第1章 アメリカ映画産業とマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)1 先行研究の整理(1) 先行研究の整理 (2) MCUとは? (3) クロスオーバーとは? (4) 本書の目的2 アメリカ映画産業とMCU(1) ビッグシックス (2) MCUの興行成績 (3) 「インフィニティ・サーガ」の終了 (4) 杉山スピ豊「MCUはAKBグループと類似」第2章 アメコミとマーベルのヒーローたち1 アメコミとマーベルのヒーローたち(1) アメコミと日本の漫画の違いは? (2) 愛国心の呪縛に悩むキャプテン・アメリカ (3) アメコミの描画上の特徴とは? (4) 移民の両親をもつ苦悶する若手クリエイター (5) 心理学からみたスーパーヒーロー2 ハリウッド流の脚本の公式と『アイアンマン』(1) ハリウッド映画の脚本の公式「三幕構成」 (2) アイアンマンの第1幕「設定」 (3) 第2幕『対立・衝突』 (4) 第3幕『解決』 (5) ポストクレジット・シーンと「ニック・フューリー」3 伝説の3人のクリエイター(1) スタン・リー 巨星墜つ (2) 「不惑」のリー (3) リーの「カメオ出演」 (4) ジャック・カービー (5) スティーブ・ディッコ (6) スパイダーマンの誕生第3章 マーベルの経営―創設からアメコミ・バブル崩壊まで1 アメコミ・バブルの発生以前(1) アメコミ業界の歴史 (2) マーベルの歴史-創成期 (3) カラマーリとギャルトンによる経営 (4) 投資家ペレルマンが注目 (5) ペレルマンによるマーベル買収2 マーベルとアメコミ・バブル(1) ニューヨーク証券取引所上場 (2) マーベルのバブル? (3) マーベルの拡大路線 (4) トイビズの買収 (5) トレーディングカードビジネスの退潮3 マーベル・バブルの崩壊の予兆(1) トイビズのアヴィ・アラッドの影響力 (2) ベヴィンズの企業買収路線の拡大 (3) マーベルとトイビズの統合4 マーベル「破産申請」の前兆(1) ロナルド・ペレルマン (2) ペレルマンの「レブロン基準」 (3) ユノカル基準 (4) カール・アイカーン (5) M&Aを追求する理由とは? (6) 成長戦略としてのM&A第4章 マーベルの破産申請(「チャプター11」)1 マーベルの破産申請(「チャプター11」)(1) マーベル経営権をめぐる「天王山」 (2) アイカーンが勝った。しかし・・・ (3) マーベルが申請した「チャプター11」とは? (4) マーベルの「破産申請」2 マーベルの再建(1) マーベルの再スタート (2) 企業再生請負人、ピーター・キューネオ (3) 極めて質素なマーベル・スタジオ (4) 自主製作第1号は『アイアンマン』 (5) マーベル映画は低予算!3 ピーター・キューネオの経営改革(1) キューネオのプロフィール (2) キューネオの5つの経営原則 (3) キューネオ流のマーベル改革 (4) 制作と収益をコントロール (5) マーベル・ビジネスの柱第5章 マーベルの映画自主製作1 マーベルの映画自主製作(1) デビッド・メイゼルの発案 (2) メイゼルのディズニー入社 (3) メリルリンチから525億円を調達 (4) アイザック・パールムッター (5) マーベルの「クリエイティブ・コミッティー」2 「IP帝国」のマーベルにディズニーが接近(1) マーベルの契約条件 (2) 「IP帝国」のマーベル (3) ディズニーのアイガーとマーベルのパールムッター (4) スティーブ・ジョブズの電話第6章 MCUを牽引するケビン・ファイギ1 MCUを牽引するケビン・ファイギ(1) ケビン・ファイギ (2) 5回の受験失敗と犬の散歩 (3) ファイギと「計画された偶発性」 (4) 「計画された偶発性」の5つの要素 (5) 映画の「スーパーマン」が見本 (6) マーベルへ入社(2000年) (7) ファイギの夢 (8) コンテンツ作りの遺伝子2 MCUの成功方程式?(1) MCUの成功方程式? (2) スーパーヒーローの「キャラが立つ」 (3) ファイギの映画ビジネス論 (4) MCUの長期的視点 (5) 映画大好き少年がそのまま大人になった (6) アヴィ・アラッドとの仕事 (7) クリス・エヴァンズのキャスティング3 ディズニー傘下のMCU(1) ディズニーによるマーベル買収 (2) ディズニーのピクサー買収 (3) ファイギの作品感とMCU (4) ファイギこそ、MCUのキャプテン・アメリカ (5) ファイギの「コミック本原理主義」第7章 マーベル・スタジオの経営戦略1 MCUの革新性(1) 低予算の『アイアンマン』製作の革新性 (2) マーベル・ユニバース (3) MCUの特性 (4) MCUのマーケティング (5)「ティーシング・プロブレムズ」と自主映画製作への助走 (6) マーベルとホフステッド(ホフステード)指数2 マーベル・スタジオの経営戦略(1) マーベルのブルーオーシャン戦略 (2) 映画自主製作へ進出 (3) 10個のキャラクター権を担保 (4) 低予算主義の映画製作 (5) アウトサイダーによる「破壊的イノベーション」? (6) MCUとディズニーの傘下に入る (7) 『アイアンマン』の幻のポストクレジット・シーン (8) ダイナミック・ケイパビリティ理論 (9) ポジショニング学派とRBV(リソース・ベースト・ビュー) (10) マーベルのダイナミック・ケイパビリティおわりに参考文献著者プロフィール 杉本 有造 Ph.D. MBAYuzo Sugimoto. IES全米大学連盟東京センター講師。IES全米大学連盟優秀教授賞(2016-17年)受賞。1984年横浜国立大学経済学部卒業, 日本道路公団入社。1991年ペパーダイン大学経営大学院修了(MBA)。2004年横浜国立大学大学院国際社会科学研究科博士課程修了。博士(経済学)。日本財政学会所属。主な著書/論文として, 『オバマ大統領とハイブリッド車』((我龍社, 2010年), 金澤史男編『財政学』(第7章「財政投融資」担当, 有斐閣, 2005年), 「米国の市場公正法をめぐる政策形成プロセス—新たな局面に移行したインターネット売上税改革—」(『会計検査研究』第49号, 2014.3, pp.29-53, 共著), 「米国のソーシャルインパクト債(SIB)導入に関する一考察」(『会計検査研究』第48号, 2013.9, pp.91-104, 共著), 「高速道路の政策コストと財政投融資制度改革」(『会計検査研究』第29号, 2004.3, pp.99-114)。『ネットフリックス 対 ハリウッド』『自動運転-アルファベット・ウェイモの戦略』(ともに2018年、Kindle版、Amazon Services International, Inc.)。